問2 プロジェクト実行中に発生した技術革新への適応マネジメントについて
システム開発プロジェクトでは、計画時には想定していなかった革新的な技術(例:生成AI、No-Code/Low-Codeプラットフォームなど)がプロジェクト実行中に出現し、当初の要件やアーキテクチャを根本から見直す好機が生まれることがある。このような技術革新は、プロジェクトの価値を飛躍的に向上させる「機会」であると同時に、スコープの肥大化や技術的未熟さによる手戻りといった「脅威」も内包する。
プロジェクトマネージャ(PM)には、こうした不確実な状況下で、技術革新の事業価値を冷静に評価し、採用する場合のリスクと機会をステークホルダーと共有する能力が求められる。単に新しい技術を導入するだけでなく、その影響をスコープ、スケジュール、コスト、品質の観点から総合的に分析し、プロジェクト目標の達成が危ぶまれないよう計画を修正(テーラリング)することが不可欠である。
さらに、導入を決定した場合は、チームメンバーのスキル習得を支援し、新しい技術を円滑に活用するためのプロセスを整備するなど、チームの実行能力を高めるリーダーシップも重要となる。
あなたの経験と考えに基づいて、設問ア~ウに従って論述せよ。
設問ア
あなたがPMとして携わったシステム開発プロジェクトの概要と目標、そしてプロジェクト実行中に出現した、当初の計画に影響を与えた革新的な技術とその技術がもたらす事業価値について、800字以内で述べよ。
設問イ
設問アで述べた革新的な技術に対し、あなたがその技術の採用を検討する際に実施した影響分析(機会と脅威)、及び採用を判断するに至った理由を述べよ。また、その技術の採用に伴い、あなたがプロジェクトマネジメント計画に対して行った具体的な修正(スコープ、スケジュール、チーム体制など)の内容について、800字以上1,600字以内で述べよ。
設問ウ
設問イで述べた計画修正を実行した結果と、その結果に対するあなた自身の評価を述べよ。また、この経験を通じて得られた、革新的な技術をプロジェクトに導入する際の教訓と、それを組織のナレッジとしてどのように展開したかについて、600字以上1,200字以内で具体的に述べよ。
【上記問題に対する模範解答】
設問ア
私がPMを務めたのは、営業部門向けの顧客分析レポートを自動生成するBIシステム開発プロジェクトである。目的は、従来3日を要していた手作業のレポート作成を自動化し、営業担当者がより迅速なデータに基づく意思決定を下せるように支援することであった。主要ステークホルダーは、利用部門である営業部門、システムオーナーである情報システム部門、そしてスポンサーである経営層の3者だ。
プロジェクトが設計フェーズの中盤に差し掛かった頃、革新的な技術として、大規模言語モデルを活用した自然言語による対話型データ分析SaaSが市場に登場した。当初、我々は定型的なグラフや表を出力する従来のBIツールを前提に開発を進めていた。しかし、この新技術は、営業担当者が「〇〇支店の今期の主要な失注要因を教えて」と自然言語で問いかけるだけで、AIが自律的にデータを分析し、要約と共に関連グラフを提示するものであった。
この技術がもたらす事業価値は、単なるレポート作成の効率化に留まらないと私は判断した。当初の目標が「レポート作成時間の短縮」であったのに対し、新技術は「データ分析スキルのない担当者でも、自在に深掘り分析ができる」という、データ活用の民主化、ひいては営業組織全体の提案力向上という、より高次元の価値をもたらす可能性を秘めていた。
設問イ
私はこの革新的な技術の出現を受け、直ちにPMOと共同で技術採用の影響分析を実施した。
まず、この技術がもたらす機会として、「①事業価値の向上(前述の通り)」、「②開発工数の削減(UI開発が不要になるため)」、「③ユーザー満足度の向上」の3点を特定した。一方で脅威として、「①SaaS利用に伴うランニングコストの発生」、「②AIの回答精度が業務要件を満たすかという技術的不確実性」、「③チームメンバーにAI活用スキルが不足していること」を識別した。
私は、脅威①のコストは、機会②による開発工数削減分で相殺可能であり、脅威②の技術リスクは検証(PoC)によって低減可能と判断した。最大の課題は脅威③であったが、これはチームのスキルアップという長期的投資と捉えることができる。最終的に、当初目標を大きく超える事業価値を得られる機会が脅威を上回ると判断し、私は経営層に技術転換を進言し、採用の承認を得た。
この判断に基づき、私はプロジェクトマネジメント計画に以下の修正を加えた。
- スコープ・マネジメント計画の修正:当初の「定型レポート出力機能」というスコープを廃止し、「対話型AI分析基盤の導入と業務定着」を新たなスコープとして再定義した。この変更は**変更管理委員会(CCB)**で正式に承認された。
- スケジュール・マネジメント計画の修正:UI設計・開発タスクを削除し、代わりに「技術PoC(2週間)」と「AI活用トレーニング(1週間)」のタスクをWBSに新たに追加した。結果、全体のスケジュールは当初計画より1週間短縮された。
- 資源・マネジメント計画の修正:チーム体制を見直し、UIデザイナーの役割を縮小する代わりに、AIが出力する分析結果の妥当性をビジネス視点で評価できる、営業企画部の若手エース1名を新たにプロジェクトチームに招聘した。
設問ウ
設問イの計画修正を実行した結果、PoCは成功裏に終わり、AIの回答精度が実用レベルにあることを確認できた。営業部門向けのトレーニングも好評で、システム稼働後、レポート作成時間はほぼゼロになっただけでなく、これまでデータ分析に携わってこなかった多くの営業担当者が、自ら失注分析や成功事例の抽出を行うようになった。結果、営業部門の四半期成約率は前年同期比で5%向上し、当初目標を大幅に上回る成果を達成した。
この結果に対する私自身の評価は、実行中の技術転換という高いリスクを伴う意思決定であったが、機会と脅威を定量・定性の両面から冷静に分析し、ステークホルダーの合意を得ながら計画を修正できた点は、PMとして適切なマネジメントであったと考える。特に、PoCを計画に組み込み、技術的な不確実性を早期に解消したことが成功の鍵であった。
この経験から私が得た教訓は、「プロジェクト実行中に出現する技術革新は、計画からの逸脱(リスク)ではなく、計画を昇華させる機会として捉えるべき」ということだ。この教訓を組織に展開するため、私は終結報告書に「プロジェクト中途での技術転換に関する意思決定フレームワーク」という章を設け、具体的な判断プロセスを記述した。さらに、PMOに働きかけ、このフレームワークを組織のプロセス資産としてナレッジベースに登録した。これにより、他のプロジェクトでも同様の状況が発生した際に、PMが迅速かつ的確な意思決定を下せるよう支援している。


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