問2 グローバルな供給網リスクを考慮したシステム開発プロジェクトの調達マネジメントについて
現代のシステム開発プロジェクトは、ソフトウェア開発だけでなく、特定の性能を持つサーバ、ネットワーク機器、専用端末といったハードウェアの調達と基盤構築が成功の前提となることが多い。しかし、近年の国際情勢の変化、パンデミック、特定地域への生産集中は、これまで安定していたハードウェアのサプライチェーンに深刻な混乱をもたらしている。
これにより、プロジェクトマネージャ(PM)は、計画時には想定していなかった「特定機器の納期遅延」や「半導体不足による価格高騰・入手不可」といった、自社の管理範囲を超える外部の供給網リスクに直面する。このリスクは、プロジェクトのスケジュール遅延、コスト超過、ひいてはプロジェクト目標の未達に直結する。
このような状況下でPMには、従来の調達管理に加え、地政学的リスクやサプライヤーの依存度を評価し、代替案を確保しておくプロアクティブなリスクマネジメントが求められる。単一のサプライヤーや特定の製造国に依存する計画の脆弱性をステークホルダーに説明し、コストが増加してでも供給網を多角化・強靭化する必要性を説得する能力も不可欠である。
あなたの経験と考えに基づいて、設問ア~ウに従って論述せよ。
設問ア
あなたがPMとして携わった、特定のハードウェア調達がクリティカルパス上にあったシステム開発プロジェクトの概要と目標を述べよ。また、あなたがプロジェクト計画段階で特定した、ハードウェアのサプライチェーンに関する具体的なリスクと、そのリスクがプロジェクト目標の達成を阻害すると判断した理由について、800字以内で述べよ。
設問イ
設問アで述べたサプライチェーン・リスクに対し、あなたがプロジェクト計画段階で策定したプロアクティブなリスク対応計画について、以下の点に関する工夫を800字以上1,600字以内で具体的に述べよ。
- リスク発生の予兆を早期に検知するための仕組み
- リスクが顕在化した場合の具体的な代替策(技術・調達の両面から)
- 対策実行の判断基準(トリガー)とステークホルダーとの合意内容
設問ウ
プロジェクト実行中に、実際に発生したサプライチェーンの問題と、それに対して設問イで策定したリスク対応計画をどのように実行したかを述べよ。また、その結果に対するあなた自身の評価と、この経験から得られた**「経済安全保障時代におけるITプロジェクト調達の教訓」**を、組織にどう展開したかについて、600字以上1,200字以内で具体的に述べよ。
【上記問題に対する模範解答】
設問ア
私がPMを務めたのは、製造業における工場内DX推進を目的とした、エッジAIによるリアルタイム製品検査システム導入プロジェクトである。目標は、生産ラインに高精細カメラとAI処理用の特定GPU搭載エッジサーバを設置し、従来の人員による目視検査を自動化することで、検査精度を99.9%以上に向上させ、人件費を年間2,000万円削減することであった。
このプロジェクトのクリティカルパスは、AI処理に必須となる特定GPU(米国A社製)を搭載したエッジサーバ100台の調達にあった。私は計画段階で、このGPU調達に2つの重大なサプライチェーン・リスクを特定した。
第一のリスクは**「地政学的リスクによる供給停止」である。当該GPUは特定のアジア地域Bで独占的に製造されており、昨今の国際的な半導体規制強化の動向から、日本への輸出が突然制限される可能性があった。第二のリスクは「需要逼迫による納期遅延」**である。世界的な生成AIブームにより、当該GPUの需要が爆発的に増加しており、メーカーの公式納期は6ヶ月とされていたが、これがさらに長期化する恐れがあった。
これらのリスクが顕在化すれば、プロジェクトの前提となるハードウェア基盤が構築できず、システム開発が完了しても稼働させられないため、スケジュール、コスト、品質の全目標が未達に終わると判断した。
設問イ
私は、設問アで述べたサプライチェーン・リスクに対し、単なる納期管理に留まらない、プロアクティブなリスク対応計画を策定した。
第一に、リスク発生の予兆を早期に検知する仕組みとして、「サプライチェーン・インテリジェンス」と名付けた監視プロセスを導入した。これは、週次で①半導体関連の国際ニュース、②製造国Bの政策動向、③主要IT系メディアの納期情報、④為替レートの4つの定点観測を行い、リスク登録簿に記載した予兆(例:「B国で新たな輸出管理法案が審議入り」)と照合するものであった。これにより、問題が顕在化する前に手を打てるようにした。
第二に、リスク顕在化時の具体的な代替策として、技術・調達の両面から多層的な防衛ラインを構築した。
- 【第1代替策(調達)】:国内の複数商社に見積を依頼し、A社製GPUの在庫を持つ2社を代替サプライヤーとして確保した。価格は15%割高になるが、即時納入が可能という契約を仮押さえした。
- 【第2代替策(技術)】:A社製GPUが入手不可となる最悪の事態に備え、性能は8割程度となるが、国内C社製の代替可能なFPGAボードでAIモデルを動作させる技術検証チームを先行して立ち上げた。アプリケーションの軽微な改修で対応できることを確認し、これをコンティンジェンシープランとした。
第三に、対策実行の判断基準(トリガー)とステークホルダーとの合意を明確にした。私は経営層に対し、「公式納期が当初計画より2ヶ月以上延伸した場合、または地政学的リスクに関する警戒レベルが当社の定めるレベル3に達した場合」をトリガーとし、コストが15%増加することを許容してでも代替サプライヤーからの調達に切り替える方針を提案。プロジェクトの確実な完遂を優先する方針について、事前に承認を得た。
設問ウ
プロジェクト実行開始から3ヶ月後、サプライチェーン・インテリジェンス活動を通じて、A社製GPUの公式納期がさらに3ヶ月延伸(合計9ヶ月)との情報をキャッチした。これは私が設定した「納期2ヶ月以上の延伸」というトリガーに明確に抵触した。
私は直ちにリスク対応計画を発動。設問イで合意した通り、経営層に状況を報告し、第1代替策である国内サプライヤーからの調達に切り替える意思決定を行った。結果、15%のハードウェア追加コスト(約600万円)は発生したものの、エッジサーバは当初の計画どおりに納入され、プロジェクトはスケジュール遅延なく完了。目標であった検査精度99.9%と年間2,000万円のコスト削減も達成した。
この結果に対する私自身の評価は、追加コストは発生したものの、計画段階でのプロアクティブなリスク分析と代替策の準備があったからこそ、致命的なスケジュール遅延を回避し、プロジェクトの事業目標を完全に達成できた、という点で極めて有効なマネジメントであったと考える。
この経験から私が得た**「経済安全保障時代におけるITプロジェクト調達の教訓」は、「サプライヤーの提示する標準納期や価格だけを信じるのではなく、PM自らが地政学的・経済的文脈を理解し、調達先の多角化をコストではなく投資として計画に織り込むべき」ということだ。私はこの教訓を組織に展開するため、PMOと協力し、当社の「IT調達標準プロセス」に「サプライチェーン・リスク評価チェックリスト」**を追加することを提案した。このリストは現在、組織のプロセス資産として、特定国の製品を調達する全てのプロジェクトで利用が義務付けられている。
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